SSブログ

11月7日その一 [映画]

タバコの日が夜の都会の空に登っていく。

そのまま空まで届けばいいのだが、肉眼で確認できる高さでその煙は姿を消してしまう。

何度も吸って、吐いて、煙を出す。

空まで届け。

気持ちを吐き出すように煙を吐き出す。

消えることなく、空まで届いてほしい。

消えることなく、しっかり届いてほしい。








ずっと煙と共に空を眺めていたままだったので気づかなかった。


顔を元に戻すと目の前に女がいた。


女というよりは、女の子。

高校生か、大学生になりたてなのか。
制服は来ていなかった。

そう見えたのは、美しさではなく、可愛いという印象を見た瞬間感じたからだ。

肌は月のように白かった。

僕と目が合うと、それまで真顔だった顔に笑みが足された。


僕はこのドラマのような展開に少しドキリとした。

彼女は僕と目が合うなり
『タバコちょうだい』


驚いた。タバコを吸うのか。


『…あ、はい』
普通ならば未成年か確認したほうがいいのだろうか。
そんな硬い格好を見せたら冷めるだろうと思い
『どうぞ』と箱ごと渡す。
なんで敬語なんだ。


彼女はタバコを一本抜き取り
少し疑問な間を空け、


『火は?』


あぁ、自分の左手に持っていたことを忘れていたライターを彼女の顔に近づけ火をつける。


『どうぞ』


『ありがとう。優しい』


そうやって顔を近づけライターに照らされた顔は凛とした可愛さだった。

できもの一つない白く柔らかそうな肌。

目が大きく、綺麗な二重を顔に刻み込み睫毛は本物で長さを十分に保っている。

顔は僕の半分しかないんじゃないかってぐらい小さい。

これは、ヤレる…のか。

こんな考えしかできない自分にいざ土壇場となると、軽く人間として器の小ささを感じる。


そんな僕の見え透いた心の中の気持ちに返事するように彼女は煙を吐き出しながら言う。

『私とやりたい?』


なんだ、この男の理想の妄想の世界が現実になった今の状況は。


ここはなんて答えれば。


『これだけ可愛い子が目の前に入れば、男なら誰だってヤりたいと思うよ』
ズルい答え方だとはわかっている。
所詮、ビビってこんな風にしか言えない自分がこんなとき嫌になる。



僕は明らかに心臓がばくばくで、

箱から一本取り出しライターで火を付けようとしたが、ライターが見当たらない。

あっ、とライターを貸したままだと分かった瞬間、シュボっと目の前に火が現れた。


『どうぞ』


緊張でどうにかなってしまいそうなほどの可愛い笑顔で彼女は火を差し出す。


落ち着け。餅つけ。
アホ。


『ありがとう』

火をつける。本日はじめての、タメ口。


ここは自分のペースに、持ち込まなければ。


『てか、なんでこんなところに?俺に?なんていうか、タバコが吸いたかったの?』


『質問が多いよ。』
そう笑って煙を吐く。



『申し訳ない』
僕も煙を吐く。


『さっき家帰ったらね。』

うん


『彼が命を経ってたの』



かれがいのちをたってたの



これは映画の世界か。

彼女が悲劇のヒロインで、僕が主人公。



違う。
現実だ。
頬を抓らなくても、現実にいることは認識として十分わかる。


命を絶った?
なんだその言い方は。


『命を絶ったっていうのは…自殺…ってこと?』


彼女は煙を吐く。
彼女が指に挟んでるタバコは、限界が来ていた。


それでも彼女は吸って煙を吐く。
そして言った。


『自殺だし、あたしに殺された。っていうのもある』


『は?』
僕は息を飲む。
驚いた。いや、驚愕した。
この女の子は、殺人者?
殺してきた?
なぜ僕の前に?

一瞬で頭の中がそことで一杯になる。

てか、自殺か、殺したのか、どっちだよ。
心の中で、言った。


ただ自分も、恐ろしく冷静でいられた。
これは、きっと自分が映画の主人公を気取っているからに違いない。
どこかでこの非現実な現実を楽しんでいる。


彼女は随分と短くなったタバコの火を消した。

僕が次の言葉を吐き出す前に彼女は僕に顔を向け


『もう一本、一緒に吸おう?』
彼女は幼い子供が疑問を持つように黒い大きな瞳をぱっちり開けて言う。

こんなお願いを断る男はいないだろう。


『そうだね』
僕は箱を差し出す。
彼女が細い白い指で一本抜き取る。


僕はこれしかないというタイミングで彼女の顔を火で照らす。


『ありがとう』


その言葉を聞いて自分も一本箱から取り出す。

すると彼女が

『ライター貸して。』


僕の手からライターをつまむようにして取ると、僕の顔の前で火をつける。


さっきよりいささか僕に近づく彼女の顔も照らされる。

僕はタバコの先を見ず、火に照らされる天使のような表情を見つめていた。


『優しいね』


そう言われた彼女は照れ臭そうに、そして、


やっと見せてくれた表情。
悲しそうな表情を見せた。


今度はこちらの番だ。

『ゆっくりでいいから。煙草も何本でも一緒に吸おう。』
『彼氏のことを、聞かせてほしい。』


そう言うと、彼女の気持ちを代弁したのか、それともただの気象の気まぐれなのか。

雨が降り始めた。



タグ:11月7日
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。